“チャイナなう”編集室 当サイトへの広告掲載に関するご相談は編集室まで!

定番の春節番組に陰り・・


2012年1月25日付け、新華網

春節番組

年に一度の中央テレビ局が主催する春節祝賀番組は23日深夜、「天下一家」の歌で幕を閉じた。庶民に楽しんでもらうことに主眼を置いたこの番組は、司会から演目の内容まで、すっかり以前と変わってしまった。4時間20分の放送時間内に、40近くの歌、踊り、漫才、コント、マジック、雑技及び特別なショーが次々と舞台で演じられたが、特に人々の記憶に残るようなパフォーマンスはなかった。

注目された2012年中央テレビ局主催の春節番組は、新年を告げる鐘の音とともに幕を下ろした。春節番組常連の趙本山(中国著名なコメディアン)の欠場は、喜んだひともいれば、残念がるひともいた。視聴者の満足度が全てを決めるこの世界では、今年の春節番組はそんなに大きな評判や評価を得ることもなかった。なぜなら、春節番組は多くの人々にとって完璧な番組でなければならないと「神格化」されているからだ。

王菲の歌はメロディを外し、劉謙のマジックは怖いと言われ、郭冬臨のコントは日本のアンジャッシュのパクリと指摘され、庶民に楽しんでもらうための試みは、結局”スター不在で物足りない”というマイナス評価を受ける結果になった。春節番組は30数年の歴史があり、最近数年はしばしば厳しい評価を受けていることは、春節番組開始当初の頃は想像もしなかったことである。

時代の進歩とともに、情報が溢れ、娯楽様式も増え、メディアや視聴者の価値観が多様化するなど、人々は春節番組に対する要求が段々厳しくなり、ますます「重箱の隅をつつく」ようになった。その原因は、いまの春節番組はもはや視聴者に新鮮さと驚きを与えることがあまりなくなったのに、春節番組に対する期待は依然高く、大晦日は春節番組を観るものだと潜在意識のように考えられている。短くてもダメ、面白くなくてもダメ、完璧でなければならない。

実際、春節番組は批判を受けながら少しずつ改善を図っており、番組に新人タレントを採用するのがその一例である。2年前、視聴者から春節番組は堅苦しくて政治色が強過ぎるとの批判が多く寄せられたので、庶民の好みに合わせて番組構成の見直しを行った。

この目に見える進歩は確かにあったが、視聴者からの批判の声にも耳を傾ける必要がある。私たちは春節番組をよりいい番組しようと、視聴者から絶賛され、記憶に残るような番組にしようと願っている。しかし、これを実現するのは非常に難しいという感じは否めない。十人十色の要望を全て取り入れることが難しいだけでなく、レベルの高いショーやパフォーマンスを創作するのに才能とセンスが必要で、優秀なタレントも必要であり、やろうと思ってできるほど簡単ではない。また、人々が見慣れた定番の演目をやっても、視聴者がすぐ飽きてしまうだろう。

春節番組の視聴者満足度は年々低下している。これは演目の品質が低下したことを意味するのではなく、我々の文化に対する要求が向上し、趣味嗜好がどんどん多様化することを意味する。質のいい番組や歌をいっぱい観ているので、春節番組は視聴者のエンターテイメントに対する高い要求に追いついていないのが現状である。資料からも分かるように、韓国、日本などの国でも同様な現象が起きている。大晦日の番組は人気テレビドラマの視聴率に及ばないこともある。

多くの人々が1台の白黒テレビを囲む時代に戻ることはないと同じように、春節番組ももはや年越しそばを食べながら観るべき定番番組ではなくなった。春節番組は1回のショーであり、1回の舞台であり、ひとつの娯楽の形でしかないのだ。もし観たい番組がなくても、映画鑑賞やスポーツ観戦を選ぶことができるし、家族とお菓子を食べながら雑談し、外から聞こえる爆竹の音を聞きながら来年の抱負を語ることもできる。

 

ソース:http://news.sina.com.cn/pl/2012-01-25/074323842922.shtml

チャイナなう編集室