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”三十にして自立は難しい?”


2013年6月14日、新華網

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”尽きない仕事、尽きない疲れ”。安徽省合肥で働く”80後(80年代生まれ)”の李諾は、QQ(中国版チャット)アカウントのこのサブタイトルを変えようとはしなかった。10月1日の国慶節(中国建国記念日)で3連休をもらったほか、この2ヶ月は休みなく働きっぱなしで、毎日残業しているという。”逃げ出したいと思ったけど、辞めたあとの生活を考えると怖くてできない・・”

李諾のような”80後”は中国では珍しくない。彼は今年28歳で、短期大学を卒業したあと、父親のコネで今の会社に就職した。彼は会社を辞めることで父親に迷惑をかけるのを恐れ、また次の仕事が見付かるかどうかが不安だった。

”彼女が欲しいけど、自分の学歴も収入も高くないし、彼女とデートする時間もない。いまの生活は”引きこもり男”そのものだ。朝起きて鏡を見ると、いつも途方に暮れたような暗い表情をしている。”

古くから”三十にして立つ”という言葉がある。著者が上海で働いている時も自立の難しさをヒシヒシと感じた。”長年こんなに頑張って来たのに、稼いだお金は上海で小さい部屋しか買えない。毎年帰省する時、お母さんはいつも地元に戻って仕事を探すように説得する。でも上海で自立することはずっと自分の夢だった。ただ、現実はこの夢がどんどん私から離れて行く”。いまの中国の若者にとって、”三十にして立つ”ではなく、”三十にして自立は難しい”である。

ある評論家は”80後”の”三十にして自立は難しい”についてこう分析する。中国の高度経済成長と一人っ子政策の中で成長した”80後”は、人生の中で中国の社会変革のすべてを経験して来た。”80後”世代は、わずか30年という短い期間に、ほかの国の数世代が経験した300年分の焦燥や苦悩を一気に経験した。

少し前に北京から地元の西安に”逃げ出した”鄒舟は素直に自分の心境を語ってくれた。”北京での仕事と生活には慣れたけど、北京にいると自分の将来に限界を感じるようになった。好きな男性は私が北京戸籍ではないことを理由に私から離れた。私を好きになってくれる男性は、逆に私が好きになれない。だから、地元に帰ることにした”。

道に迷う李諾と比べると、”逃げる”ことを選択した鄒舟は間違いなく幸せだ。”引きこもり”生活の中で、ネットゲームが李諾にとって唯一の精神的な拠り所である。”ネットゲームをやってると、少し自分に自信を持てるようになる。遊ぶことで、精神的負担が少し軽くなる。”

いわゆる”80後”は、1980年から1989年に生まれた世代のことで、南京大学が実施した統計によると、中国全体で”80後”世代は約2億人おり、多くの”80後”が自立の年に入る。

万通集団主席理事の馮倉曽はいまの”80後”の現状に同情を示す。”我々の世代はかつて責任を会社に転嫁することができた。いまの若者は、自分の現状を良くても悪くても、自分の能力や運の結果と考えるしかないから・・”

一方、南京大学社会学科の風笑天教授は、成長段階で壁にぶつかるのは各世代共通だと考える。”80後”もこの壁から逃げることはできない。曲がり道でもいい、転んでもいい、どの道を選ぼうが好きにさせればよい。これが社会で、これが時代というものだ。

ソース:http://culture.inewsweek.cn/20130614/detail-45204-all.html

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