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91歳のがばいばあちゃん


2013年8月26日、毎日新報

南開区にあるひどく老朽化した1軒の家の中で、劉秀雲ばあさん(右)は片手に杖を持ち、もう片手に暖かいタオルを持って、ヨロヨロしながらトイレから寝室に移動し、半身不随で寝たきりの57歳の三女陳立珍(左)の身体を優しく拭いてあげた。”暑いのに、彼女は動くことができないので、外で涼むこともできず、頻繁に身体を拭いてあげないとね。”

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おばあさんは91歳になる。過去40年の間に、この家は悪夢のような悲劇に見舞われた。元々は健康で可愛らしかった6人の子供たちは、ひとりがガンでなくなり、3人は次々と重度の進行性皮膚栄養不良症を患い、寝たきりになってしまった。いま、この家族たちは重度の障害を抱えながらも、政府に頼ろうとせず、自力で生活できるようにとネットショップを開設した。しかし、家には商品を仕入れるひとがいないため、経営が行き詰まった。問題を打開すべく、家族たちは商品を提供・発送してくれる会社を求めて助けを呼び掛けた。

子供が病気で倒れ、母親が看護を続ける

”自分は世界で最も不孝な子供だと思う時がある・・・”陳立珍は言い終わらないうちに、涙がほおを伝って流れた。57歳の彼女は家族の中で最初に発病した。

”彼女が13歳の時、通い始めた中学校の先生から呼び出しがあって、お宅の珍ちゃんはなぜかよくこける、平坦の道でもこけると言われた”。劉ばあさんは高齢にも関わらず、記憶力がしっかりしている。劉秀立は三女陳立珍を病院に連れて行った。ひと通り検査した結果、医者から進行性皮膚栄養不良症と診断された。

”私もどんな病気かがよく分からなかった。身体に特に異常がないのに、医者がすごい深刻そうな顔で説明を始めた。いわく、今後はさらに病状が進行し、そのうち歩くこともできなくなり、手を動かすこともできなくなる。しかも、治療する方法がない・・・”老人は言いながら目から涙がこぼれた。

その後、さらに28歳の次女が発病し、20歳の弟も続いて発病した。そして一番の健康体だったはずの長女は胃がんを患って、入院手術後わずか1週間でこの世を去った。享年38歳。老人にはもうひとり健康な長男がいるが、出稼ぎに行っているため、頻繁に家に帰ることもままならない。もうひとりの娘は病気がちの夫を看病しなければならないので、母親と病気の兄弟の面倒を見る余裕はない。

自力でネットショップを開設

”うちは不幸だが、家族はみんな根がいい人たちで、隣近所もよくうちの面倒を見てくれる。だから、周りにすごく感謝している”。家族がみんな重い病気を抱えており、生活がとても厳しいため、陳立珍はネットでショップを開くことを思い付いた。陳さんと同じような身障者の多くもネットでショップを開設し、生計を立てている。

”私はパソコンを使えるので、うちもネットショップをやろうと思い付いた。稼ぎが多かろうと少なかろうと、家計の足しになればそれでいい。おかあさんも高齢だから、稼ぎが良ければ、人を雇って店を任せて、おかあさんにゆっくりと老後を過ごしてもらいたい。”

すると、陳立珍はすぐ淘宝網に登録し、ショップを開設した。しかし、ショップ開いたのはいいが、どう運営するかが問題となった。最初は友達の助けを借りて携帯電話の通話費チャージを販売していたが、ほとんど利益がなかった。

”若い時に裁縫を習ったことがあるので、腕にも自信がある。だから洋服屋さんをやりたいんだけど、仕入れをしてくれる人がいないの。できれば、洋服を卸してくれるアパレス会社を紹介してくれると、それをうちのショップで売れば、うちの家庭がみんな助かる。”

娘のささやかな願いを聞いて、劉ばあさんは自分の感情を抑えることができなかった。子供たちは皆芯が強く、他人の寄付を決して受け取ろうとしなかった。三女は自分が死んだあとは人を助けるために臓器を提供したいとまで言っている。

”子供たちは何か仕事をして、家計を助けようとしている。子供たちの母親として私もサポートしなくちゃ!”自分のことになると、老人はひとつだけ願いがあるという。子供たちのためにもう少し長生きして、子供たちの面倒を見てあげたいと。”私はまだ引退しないよ!”

ソース:http://news.jwb.com.cn/art/2013/8/26/art_180_3427139.html

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