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中国人女性 アメリカのボディビル大会で優勝


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身長160mm、体重55キロ、アメリカでトラック運転手や、レストランの店員などを経験し、苦節9年をすべてボディビルに捧げた。温州平陽出身の女性がほかの欧米出場選手を退き、アメリカのボディビル大会のチャンピオンに輝いた。

昨日、記者が国際電話で彼女に祝福し、彼女から家族や恋人、ボディビルへの思いなどを聞くことができた。

彼女には淑やかな名前があるーー金舒春、今年40歳、温州平陽にある小さな村の普通の家庭に生まれた。3人の姉と同じように、彼女は小さい頃から色白で、美しかった。18年前、彼女は家族の反対を押し切って単身渡米し、美しい英語名を付けた、Michelle Jin。

今月行われた“全米ミスボディビルグランプリ”で、Michelle Jinはチャンピオンに輝いた。しかも、雑誌「MD-Muscular Development」にも取り上げられた。

これを聞いて、彼女の姪たちは自分の微博(中国版Twitter)で優勝した時の写真をシェアし、“みんなが私と一緒に彼女に喝采を送りましょう!”とのコメントを添えた。

昨日夜9時、アメリカ時間は朝9時、丁度金舒春が起床する時間だ。記者は彼女に国際電話を掛け、彼女のこれまでの苦労を聞くことができた。

金舒春の母親は蘇瑞玉と言い、今年69歳になる。18年前に家出同然で出て行った末娘の話になると、蘇ばあさんは末娘に会いたい気持ちを抑えることができず、いつも心が痛むという。

“あの子がアメリカに行ったのは22歳の時・・”蘇ばあさんには5人の子供がおり、一番上が男の子で、あとの4人は女の子。金舒春は一番下だったので、いつもお母さんにべったりだった。

末娘が家を離れる時のことを蘇ばあさんはいまでもはっきり覚えているという。“あの子は小さい頃からしっかりと自分を持っていて、まだ中学校を卒業してないのに、あっちこっちに遊びに行くようになった。”

金舒春は18歳の時に広州で働くようになり、4年後、家に帰ると両親にアメリカに行きたいと言い出した。蘇ばあさんと夫はともに考え方が古い人間で、家も裕福ではないが、子供たちには親の近くにいて欲しいと思い、なにがなんでも反対した。

“彼女は気性が激しく、ある時この事で言い争っていると、彼女が気を失ったしまった”。蘇ばあさんは、同意するしかなかった。

アメリカに行ったあと、蘇ばあさんは頻繁に金舒春に電話を掛けた。ある時はただ、“身体は大丈夫?ご飯は食べた?”と聞くだけだが、娘の声を聞くと、老人は安心した。

金舒春はあまり家に帰らない。これまで3回しか帰ってない。1回は16年前に父親が亡くなった時、あとの2回は旧正月の時。2005年、娘の強い説得があって、蘇ばあさんはアメリカで9ヶ月過ごした。“彼女はアメリカでとても大変な思いをしている。トラックの運転手、レストランの店員など、どんな仕事もやった。彼女に家に帰るように勧めたが、彼女は頑として聞かない。”

あの時から、金舒春はボディビルを始め、朝晩1時間ずつトレーニングした。蘇ばあさんにして見れば、全身筋肉の女性は美しいとは思わなかった。でも、娘はやめないので、蘇ばあさんもこれ以上何も言わなかった。

それでも、金舒春がチャンピオンになったニュースを聞くと、蘇ばあさんはやはり嬉しかった。“1位なんてすごい!”

蘇ばあさんの言葉には誇らしさがにじみ出た。それは娘に対する期待でもあった。“でもねえ、女の子がひとり外で頑張るのってやっぱり心配だから、私の近くにいて欲しい。”

蘇ばあさんが一番気に掛けているのは金舒春の結婚のこと。“アメリカ人はあまり結婚のことを大事に思わない。あの子には交際中のボーイフレンドがいる。医者らしい。。でも、彼女には安定した家庭を持って欲しいなあ。。”

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金舒春との対談

記者:まず、優勝、おめでとうございます!この試合のためにかなり頑張ったのではないですか?

金舒春:そうです、とても大変だった!この試合のために、4ヶ月間準備した。毎日ラーニング2時間のほか、1時間以上のトレーニングをこなした。最もツラいのは食事制限。果物、パン、米は食べれないので、毎日、鶏肉、魚、野菜を中心にした食事で、量もあまり多くは食べれなかった。だから、ずっとお腹が空いている状態で、足も痛いので、毎日鎮痛薬を飲んでる。この試合に勝つために、脂肪を付けずに筋肉を大きくしなければならないので、とても大変だった。

記者:いつからボディビルを始めたのですか?なぜボディビルを選んだのですか?

金舒春:2005年からかな、当時は友達の勧めで始めた。アメリカ人はエクササイズを好きで、ここの人たちは太っている人が多いので、引き締まった筋肉体質の人を羨ましがる。初めはあまり好きではなかった。やはり女性があんな身体になるのって、伝統的な考えではあまりきれいとは思えなかった。でもトレーニングを続けているうちに、逆にトレーニングをやめられなくなった。私はあまり学歴がないので、アメリカで生活するには、何か秀でるものがなければならない。これが私の特技ということかな。

記者:やめようと思ったことは?

金舒春:それはない。いまは目標があり、ボディビル・コーチの資格を取って、安定した仕事に着いて、家族ともっといい生活をしたい。

記者:この試合のアメリカでの反響はどうだった?ほかに中国人選手が参加した?

金舒春:それまで、大きい大会から小さい大会でもいろいろ参加したが、優勝したことはなかった。アメリカで、ミスボディビルの大会は少なく、今回の大会はその中でも割と有名な大会だった。ミスボディビルの大会に中国人選手が参加することは少ない。たぶん私以外に中国人選手はいないと思う。

記者:アメリカ人は大きくて、体格もいい。あなたはなぜ彼女らに勝つ自信が持てたのですか?

金舒春:そうです。彼女らはとても背が高く、私は背が低い。でも、試合では身長を見るだけでなく、体型や、ステージでのポージング、笑顔なども審査の対象になる。昔は大会に出ると緊張し、ステージのうえで震えていたが、今回はすごく自信があった。多くの女性ボディビルダーは練習すると、顔も男性的になりがちだが、私は彼女らの中でもかなり美しさを維持できたほうで、それが私の強みかな。しかも、私は体脂肪率が低く、筋肉にも恵まれ、今回はさらにポージング専門のコーチを雇った。

記者:アメリカのMD-Muscular Development誌に載ったそうですね?どんな雑誌ですか?

金舒春:そうです。この雑誌は出版本と電子版があり、ボディビルに興味ある人はみんな購読する雑誌です。

記者:最後に優勝した感想を聞かせてください!

金舒春:私は普通の農家の家庭に生まれ、小さい時は生活がとても大変だった。だから、新天地を求めてアメリカに来た。でも、現実は私が想像するほど甘くはなく、大変な苦労を味わった。いまはやっと生活できる自信が付き、もっと勉強して、コーチの資格を取る目標を実現し、もっと生活を改善したい。私の頑張りに対して家族のサポートはとても大切で、私はいつも彼女たちにこう言いたい。私はいつもあなたたちのことを思っている。”

 

元記事:http://sports.qq.com/a/20140529/040816.htm

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