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親と教師の微妙な関係


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最近、教育部が「教師が学生とその家族から礼金を受け取るなどの不正行為を厳禁する規定」を公表し、特にクレームの多かった教師が不正に金品を受け取る、接待を受けるなどの問題行為に6項目の規制を定め、教師に自分を律してから人を育てることを求めている。今年の夏休み、もし先生が生徒の家族のお金で旅行やフィットネスジムに行ったりすると、告発される可能性があり、場合によって教師の資格が剥奪される処分を受けるかも知れない。

先生に贈り物をする、特に“先生の日”や、ほかの伝統的な行事に先生に贈り物をすることは、すでに風習となっており、近年はますますエスカレートしている。これまで、教育部や地方教育管理部門が度かなる禁止令を出し、教師に清廉自律を求め、生徒とその家族から金品を受け取らないように注意しているにもかかわらず、あまり効果は出てないようだ。今回、教育部が再び新しい規定を出したが、果たして本当に効果があるかどうか、今後見極める必要がある。

“先生の日”に贈り物をすることは、家族にとっても教師にとっても、贈るべきかどうか議論が別れるところだ。ただ、議論を重ねても、家族が相変わらずに贈り、教師が相変わらずに受け取る。もうどうしようもない。問題は、こんなに議論になっても、なぜまだ贈るのか?なぜ規定を出してもこれを止められないのか?

もし、あなたが生徒の家族だったとして良く考えて欲しい。なぜ、あなたは先生に贈り物をするのか?そうすると、これはただの人情の問題ではなく、権力を売り買いする問題だと分かる。

教師に贈り物をする、もちろん教師を敬い、感謝の意を表したいのだろう。しかし、よく考えて見ると、ほとんどの場合、自分の子どもが損しないようにするため、こんなに”人情たっぷり”に先生のご機嫌を取っているのではないだろうか?先生のご機嫌を取るのは、先生が子どもに対して行使できる“合法的傷害”を免れるためではないだろうか?

学者の呉思先生が“合法的傷害権”という言葉を提案したが、多くの人たちは公務員と同じように多かれ少なかれ”合法的傷害権”を持っている。実際、医師、教師、消防隊員などは職業柄、ある程度の合法的傷害権を持っている。一般の公民にも法律に基づく合法的傷害権があり、その典型は正当防衛と緊急避難。ただ、医師、教師、消防隊員と公民が行使する合法的傷害権は、権利として行使され、官吏のように権力として行使されるのではない。

先生は生徒に対して優しく接することも出来れば、厳しく接することもできる、褒めることもできれば、責めることもできる。いずれも先生の“教育”という範囲内で、ある程度の自由裁量権で生徒を“管理”することができる。前者は合法的な恩恵であり、後者は合法的な傷害である。一方、生徒にとって、優遇と厳罰では大違いだ。褒めると貶すもだいぶ違う。特にそれが生徒に与える精神的なダメージが大きく、それを一生引きずる場合もある。教師の合法的傷害権はそんなに大きくないが、それがもたらす結果は深刻である。このため、子どもの家族たちが慎重にならざるを得ない。

教師が生徒に対する合法的傷害権は子どもの命を奪うほどではないので、家族も教師への贈り物は命を掛けてお金に糸目をつけずに官僚に贈り物するようなことはしない。しかし、贈らないわけにはいかない。よく官僚たちが“誰がお金を贈ったかは覚えていないが、誰がお金を贈らなかったのはしっかり覚えている”と言うのと同じように、教師も心の中では、“誰が贈ったかは覚えきれないが、誰が贈らなかったかはしっかり覚えている”と思っているかも知れない。

合法的傷害権で自分の子どもが傷付けられるかも知れない家族にとって、教師が贈り物をしなかったことを根に持たれるのが怖い。贈り物をしなかったことで合法的傷害を受けないように、特別な日、例えば”先生の日”には、贈り物を持って先生の家を訪ねないわけにはいかない。

こんなことを言うのは少し酷かも知れないが、でもこれが現実だ。あなたが認めようが認めまいが、これが現実なのだ。教師に贈り物するのは利害関係ではなく、純粋に人情の観点からだけなのが、健全な教師と生徒の関係である。そうするためには、制度で教師の合法傷害権を縮小する以外に、教師の道徳に委ねるしかない。だからこそ、本当に教師の道徳を持つ教師には敬意を表したい。

 

元記事:http://xw.feedss.com/show/index?newsid=41243

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